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仙台高等裁判所 昭和31年(ナ)6号 判決 1957年3月26日

原告 安部隆吉

被告 鈴木周次郎

主文

昭和三〇年二月二七日施行の衆議院議員選挙(福島県第一区)での被告の当選を無効とする。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告は主文同旨の判決を求め、その請求原因として、

(1)  原告は、昭和三〇年二月二七日施行された衆議院議員総選挙で福島県第一区の選挙人、被告は右同区の当選人で、現在自由民主党所属の衆議院議員であるが、右選挙で、被告の選挙運動総括主宰者兼出納責任者として届出された拾井豊海は昭和三〇年八月二三日福島地方裁判所で右選挙に関し公職選挙法二二一条一項一号、三項一号、五号各所定の行為により有罪判決を受け、右判決に対する上訴の結果昭和三一年九月一三日最高裁判所で上告棄却となり同年九月一八日右有罪判決は確定した。

(2)  右の次第で被告の当選は公職選挙法二五一条の二、一項本文に則り無効とされなければならない。

したがつて右同法二一一条一項により本訴に及ぶと述べ、

被告の主張事実に対して公職選挙法二一一条は憲法に違反せず、被告の本案前の抗弁は理由がない、被告の本案に対する(イ)、(ロ)の抗弁事実は総て否認する。また被告主張の大赦令は、公職選挙法二五一条の二の効力についてはなんら規定していないばかりではなく、当選の有効、無効はもともと行政上の問題であつて、刑事上の問題ではないから、右大赦は本件訴訟になんらの影響もない

と述べた。

被告は本案前の裁判として、原告の請求を却下する、本案の裁判として、原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とする、との判決を求め、本案前の抗弁として、原告は公職選挙法二一一条一項により本訴を提起したが、右規定は以下述べるところにより憲法に違反するからこれに基ずいて提起された本訴は無効である。およそ選挙訴訟の本質からして総ての選挙争訟は選挙の効果に異議ある者、または裁定に不服な者から公の機関に対し提起すべきものである。だから選挙運動の総括主宰者または出納責任者の選挙犯罪による当選無効の訴訟もまた当選無効に異議不服ある者から国の機関を被告として提起されなければならない。だから当選人を被告として裁判所に提訴できる旨を規定した公職選挙法二一一条は法の理義にもとることはもちろん、憲法一三条に明定する「国民の権利については公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で最大の尊重を必要とする」という条章に違反し、無効の条文である。したがつて、右無効の条文に則り提起された本件訴訟も無効であるから却下を免れない。と述べ、本案の抗弁として、原告の主張事実中(1)は認める、しかし原告主張のような拾井豊海に対する有罪判決があつても、被告の当選は次の理由によつて無効とはならない。

(イ)  右総選挙にあたり、被告と対立した福島県第一区候補者天野光晴(自由党)の選挙運動者五十嵐寛之助、石川金七、高木佐一らは昭和三〇年一月二〇日ころ通謀して被告の出納責任者拾井豊海に金員を供与させ、違反行為をかもし、やがて被告が当選した暁にはこれを無効にしようとし、佐藤庄市、三浦幸助と通じて拾井豊海を誘導挑発して右両人に各金員を供与させ、同人に対する有罪判決第一ないし第四の事実を作り上げたものである。

(ロ)  右天野候補者の選挙運動者斉藤兵三郎、折笠旭、鈴木日出男、丹野伝らは、右同様の目的で同年二月初旬から同月一八日ころまでの間に小野友房、丹野博、渡辺章、丹野政吉らと通じて拾井豊海を誘導挑発して同人らおよび丹野伝に各金員を供与させ、拾井に対する有罪判決第五ないし第八の事実を作り上げたものである。

以上の各事実は公職選挙法二五一条の二、一項ただし書一号に該当するから、拾井豊海に対する有罪判決が確定しても被告の当選は無効とならない。仮に右主張が理由ないものとしても、拾井の前記犯罪は昭和三一年一二月一九日政令三五五号大赦令一号によつて赦免されたから右同人に対する有罪の言渡は効力を失い、ひいて原告主張の公職選挙法二五一条の二に基ずく被告の当選無効はその要件を欠くに至つたから、原告の請求は理由がないと述べた。

(証拠省略)

理由

まず被告の本案前の抗弁について判断する。

公職選挙法二一一条一項が選挙運動総括主宰者の同条所定の選挙犯罪による当選無効訴訟を、国の機関を被告とせず、当選人を被告として提起することができると規定したからといつて、その当選人の権利を侵害するものではなく、また右法条が当選人の権利を尊重しないとはいえないから、同法条はなんら憲法一三条に違反するものではない。したがつて同法条が憲法に違反することを前提とする被告の本案前の抗弁は理由がない。

そこで原告の請求について判断するに、原告が昭和三〇年二月二七日施行の衆議院議員総選挙にあたり福島県第一区の選挙人であること、被告が右選挙で右同区の当選人であること、右選挙で被告の選挙運動総括主宰者兼出納責任者として届出でられた拾井豊海が公職選挙法二二一条一項一号、三項一号、五号の犯罪により有罪判決を受け右判決が昭和三一年九月一八日確定したことはいずれも当事者間に争がない。

被告は、右拾井の犯罪は被告の当選を失わせる目的で対立候補者である天野光晴の選挙運動者らが拾井を誘導または挑発したことによつて生じたものであるから公職選挙法二五一条の二、一項ただし書一号によつて被告の当選無効の効力を生じないと主張するけれども、右主張事実にそう証人渡辺章、丹野伝の各証言は証人鈴木日出男、折笠旭の証言と対比して信用し難く、他に右主張事実を認めるに足りる証拠はないから右抗弁は理由がない。

次に被告は拾井豊海の右犯罪は昭和三一年一二月一九日政令三五五号大赦令一号によつて赦免されたから公職選挙法二五一条の二に基ずく被告の当選無効はその要件を欠くに至つたと主張するが、右同条が当選を無効とするわけは選挙に関し同条所定の犯罪があつた以上その選挙が公正に行われたと認められないとするにあることにかんがみれば、たとい拾井豊海に対する有罪の言渡がその効力を失つても、右選挙にあたり犯罪があつたという事実は動かし得ないものであるから、右同条の立法精神からみても大赦は右同条の効力を左右するものではなく、恩赦法一一条の「有罪の言渡に基ずく既成の効果は大赦によつて変更されることはない」と規定するのもまたこの趣旨を明らかにしたものと解すべきである。したがつて被告のこの点に関する抗弁もまた採用できない。

以上の次第で原告の請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判官 斎藤規矩三 沼尻芳孝 羽染徳次)

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